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● プロフィール
〜 ミニカーコレクターの私はこんな人 〜
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■となりのタクシー会社
わたし轟博士(とどろきはかせ)は、1950年代に生まれた平凡な
男性です。普通にサラリーマンをしていますし、結婚もしていて子供も
います。
一般の人より少々度が過ぎて車と模型が好きなおじさんで、時々
家内や子供があきれてしまうことがあります。
わたしにとってプロフィールのネタになることといえば、その車と
模型に関する事くらいしかないのですが、何らかの自己紹介をしないと
血の気のないWebページになってしまいそうなので、そのあたりのネタを
たよりにわたしを知っていただこうと思います。
わたしの幼少時代を振り返ってみると、私が車と模型を好きになった
理由は、簡単に説明がつきます。
まず、なぜ車が好きになったのかというと、母親曰く、子供の頃家の
となりがタクシー会社で、ある日タクシーの運転手がボンネットを開けて
エンジンの整備をしていたそうです。
そのとき、幼い私は、そのエンジンという不思議な物体をそばで
ずっと見ていました。
それからが大変だったそうです。家にあった当時のブリキ製の車の
おもちゃを片っ端から壊して、中にエンジンが入っていないかを調べ
まくったそうです。
おとなしくおもちゃで遊ぶ子供だった私が、そのときから一変して買って
もらったおもちゃをすぐ壊す好奇心旺盛な子供になったのです。
以上のことは、幼稚園に入る前のことなのでほとんど記憶がありません
が、ひとつだけ強く記憶に残っていることがあります。
ある日欲しかった銀玉鉄砲をやっとのことで買ってもらったのに、
さっそく構造を知りたくて金槌でたたいて壊してしまいました。
母親は、その一部終始を黙って見守っていました。

あこがれの銀玉鉄砲 |
そして、わたしをしかるどころか、いつものことだと納得するかのように
何も言いませんでした。
そのように、母親は、おもちゃを壊す私を一度もしかりませんでした。
むしろ子供の成長を楽しみにしていたようです。その母親の子を慈しむ
深い愛のおかげで今のわたしがいて、このWebページがあるわけです。
■プラモデル全盛時代
私が、小学生から中学生の時代を過ごした昭和30年〜40年代の
時代は感涙ものの古き良き時代でした。
巨人と横綱大鵬が常勝で、運動会といえば、バナナにいなり寿司、
足袋(たび)に紅白のはちまき、クリスマスには固いスポンジの上に
バタークリームとアラザン(甘い仁丹のようなもの)がたくさんのった
クリスマスケーキとお菓子の入った銀色の紙の靴。
このケーキのクリームが、バニラかチョコレートかが、その年の最
重要問題だったのです。
子供たちにとってクリスマスとは、サンタがプレゼントを持ってくること
であり、大人も子供も年に一度だけケーキを思いっきり食べられる
至福の時で、イエス・キリストの誕生を祝うことなどとは大人も含めて
誰も知りませんでした。
少年雑誌は、月刊誌では『冒険王』、『少年画報』、『ぼくら』、週刊誌
では『少年マガジン』、『少年サンデー』、『少年キング』のどれかを
ほとんどの子供たちが購読していました。
それらの漫画に登場するキャラクターのプラモデルがいくつも販売
されて、戦艦大和と戦闘機ゼロ戦のプラモデルをみんなが持って
いました。

当時プラモデルといえば、なんと言っても零戦でした。 |
わたしの時代は、男の子はみんなプラモデルを作っていましたが、
わたしは少々度が過ぎて好きだったようで、毎月のおこづかいのほとんど
がプラモデル代に消えてゆきました。
いつも買っていた『少年マガジン』に、新作のプラモデルの宣伝が載ると
小学校の帰り道、模型屋をのぞき入荷してないかをチェックしたものです。
いつもほんのわずかだけ入荷した、そのプラモデルをお小遣いをはた
いては買っていたのですが、生徒が1200人以上もいる小学校のすぐ近く
にある有名な模型店で、いつも入荷する模型を一番で買っていたわけで、
まるでわたしのために入荷していたかのようでした。
■栄光の510
わたしが、小学生6年生のときに父がニッサン・ブルーバード510の
1300ccを購入しました。その素晴らしさに感動して以来、わたしのカー
マニアの人生が本格的にスタートしました。
この510は、OHCエンジンとフロントにディスクブレーキ、マックファー
ソン・ストラット、リヤにセミトレーニングアーム、そしてポルシェタイプの
サーボシンクロメッシュ・トランスミッションを搭載した当時の高水準の
自動車工学技術を満載していました。
この車により、日本の車は一気に世界水準に高まったと言ってもよく、
まさに日本自動車史上に残る名車中の名車です。

510型 ブルーバード 1600SSS セダン
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さて、この良き時代に中学・高校生時代を過ごしたわたしは、車雑誌
からたくさんのことを学びました。当時のあこがれの車は、フェラーリ
365GTB4デイトナとランボルギーニのミウラでした。

フェラーリ 365GTB4 デイトナ
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ランボルギーニ ミウラ
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大学入試を目指して勉強に没頭していた時代もありましたが、大学に
入学してアルバイトをしてお金にも余裕ができると、また、プラモデルを
買うようになりました。
その時からが、わたしの本格的なプラモデル・ミニカーコレクションの
始まりですが、1/18スケールのミニカーは、大きさ、精密さそして値段も
手頃で気楽に楽しめるおすすめのサイズです。わたしのコレクションの
中でも特に気に入っているものをこのWebページで紹介しました。
わたしのWebページをご覧になり、楽しい気持ちになっていただければ
幸いです。
2007年1月
轟 博士
(とどろき はかせ)
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