フォルクスワーゲン

フォルクスワーゲン ドイツの国民車


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フォルクスワーゲン
ドイツの国民車



Beetle


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■天才工学博士ポルシェ

 ドイツの高品質大衆車の製造メーカーとして有名なフォルクス
ワーゲン
(Volkswagen AG,略称「VW」)社は、ドイツのニーダー
ザクセン州のヴォルフスブルクに本社があります。

 傘下には、4輪駆動のクアトロで有名なアウディや、高級車ロール
スロイスのスポーツバージョンともいえるベントレーをかかえ、フランス
のルノーや、イタリアのフィアットなどと肩を並べる、ヨーロッパ屈指
の大手自動車メーカーです。

 社名であり、ブランド名でもある『フォルクスワーゲン(Volkswagen)』
は、ドイツ語で「国民車」または「大衆車」を意味(英語への直訳は
"folk's wagon")します。

 "Volkswagen" のドイツ語発音は 「フォルクスヴァーゲン」、英語
の発音は「ヴォルクスワグン」となり、日本では"Volks" の部分を
ドイツ語読み、"wagen"の部分をローマ字読みで合成した、外車輸入・
販売業のヤナセ社が考案したの「フォルクスワーゲン」という呼び方
が一般化しています。

 フォルクスワーゲン(Volkswagenwerk GmbH)社は、第二次世界
大戦前のアドルフ・ヒトラーによるナチス政権下で国策企業として
1937年に創設されたのが始まりです。

 ヒトラーが、提唱した国民車(フォルクスワーゲン)計画によって、
優秀な工学博士であるフェルディナント・ポルシェ博士の設計で
進歩的な構造の流線型リアエンジン小型車が開発されたことから
その歴史が始まりました。


フェルディナント・ポルシェ博士


 そして、その国民車の第一号車は、「KdF」と命名されました。
そして大戦中は、KdFを生産する町は、KdF市と呼ばれ強制労働
によりその労力を得ることとなります。

 第二次世界大戦後の1945年、ナチスの降伏により、ドイツは
連合軍の管理下となり、ソ連に押収されようとしていたKdFの工場
はイギリス軍に管理されることになります。

 強制労働がなされたKdf市は、その悲惨な歴史を忘れないために
「ウォルフスブルク(狼城)」と名づけられました。


KdFの珍しい宣伝ポスター

 戦後、あたらしい民主主義の気風を受けて、あらたなフォルクス
ワーゲン社となり「フォルクスワーゲン タイプ1」に車名を変更して
生産を再開、まもなく輸出も開始されました。

 そして、「タイプ1」はその耐久性と経済性、そして優れたアフター
サービス体制で世界の市場から圧倒的な支持を得ることに成功
しました。


好評だったタイプ2はRV車の元祖


 このタイプ1は、ビートル(カブトムシ)の名称で親しまれ、アメリカ
をはじめ全世界に大量に輸出され自動車史上空前の大ヒットとなり
ました。

 フォルクスワーゲン社は、タイプ1をとおして貴重な外貨を獲得し、
西ドイツの戦後復興に大きく貢献しました。

 そして、2003年のメキシコ工場における生産終了時点までに
2,152万台以上を生産するにいたり、1,500万以上を生産したかの
有名なクラッシックカーT型フォードの記録を大きく更新しました。


 これは、モデルチェンジなしでの1車種としての世界最大の量産
記録であり、今後この記録をほかの車が越えることは、たいへん
困難なこととなるでしょう。


生産2000万台目のビートル


 1974年には、スペース効率に優れた2ボックスの前輪駆動ハッチ
バック車の「ゴルフ」を開発し、その先進的かつ合理的な機能性が
消費者をとらえ、ベストセラーとなりました。その後、多種におよぶ
最新設計の小型車を送り出し、ヨーロッパを代表する大衆車量産
メーカーとしての地位を確立しました。


大ヒットとなったFFのゴルフ


 現在では、本国ドイツの他、メキシコ・ブラジル・中国などに生産
工場もち、VWと同じ位置づけの会社としてアウディがあり、VW傘下
のグループ企業としては、シュコダ(チェコ)・セアト(スペイン)・超
高級GTカーのベントレー(イギリス)、およびアウディ傘下のスーパー
カー・メーカーであるランボルギーニなどのブランドを抱える世界
有数の多国籍企業となっています。


 また、高級SUV車である「トゥアレグ」や、高級セダン「フェートン」
などを生産し、社名(フォルクスワーゲン=国民車)そのものの大衆
車メーカーから、高級車も生産するメーカーへと躍進しています。


 水冷の新世代「ニュービートル」は、1998年にデビューしビートル
の新しい歴史が始まりました。


水冷新生代のニュービートル


"http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%
AB%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%B2%
E3%83%B3"より作成




フェートン



シロッコ


ニュービートル



ゴルフ GTI
   

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フォルクスワーゲン ビートル



1967年型 ビートル
ROAD LEGENDS 1/18



 フォルクスワーゲンの大衆車フォルクスワーゲン ビートルは、スポーツカー
のポルシェを設計したフェリー・ポルシェ博士の父フェルディナント・ポルシェ
博士により設計されました。

 また、フォルクスワーゲン社の記念すべき第1号車であることから、「タイプ1
(Type 1)」と命名されました。ちなみに、「タイプ2(1950年デビュー)」は、マイ
クロバス型の商用型バンで、日本では今日、軽自動車の1ボックスカーをタイプ
2のような雰囲気に改良したものがよく見受けられます。

  
  
タイプ2の色々なバージョン

 そして、「タイプ3(1961年デビュー)」は、同じエンジンとシャシを用いた、
オーソドックスなノッチバック・セダンです。


1500ccのタイプ3


 英語圏では、「タイプ1」のカブトムシの様な形から「ビートル(Beetle)」あるい
は、「バグ(Bug)」と呼ばれてきました。



世界中の誰もが知っているスタイル


 ドイツでは、1960年代後半より「ケーファー(Kafer=カブトムシ)」という愛称
で親しまれました。

 また、ブラジルなどでは「フスカ」(Fusca=南米産の巨大ゴキブリ)とも呼ばれ、
色々なあだ名があるほど長期にわたって世界中で親しまれてきたのです。

 日本では「ビートル」の他に「カブトムシ」や「ワーゲン」と呼ばれることが多
かったようです。


 エンジンは空冷の水平対抗4気筒で、車体の最後部に置かれ、後軸を駆動
するRR(リアエンジン、リアドライブ)車のレイアウトです。



 簡素な構造により、整備性に優れ、大きなタイヤを用いたことから操縦安定性
にも優れていました。


 その愛くるしいスタイルは、今でも多くのファンから支持され、シンプルな、内
外装が現代においては、かえって新鮮に映ります。

  

  


 今後も、多くのマニアによってたくさんのビートルが、大切に乗り継がれて行く
ことでしょう。


"http://ja.wikipedia.org/wiki/VW%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%971"より作成



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